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学部設立、独立の経緯

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東京物理学講習所・東京物理学校時代

由緒ある伝統を受け継ぐ教育機関

130年以上におよぶ本学の歴史は、1881年に寺尾壽をはじめとする21人の東京帝国大学仏語物理学科出身の若き理学士たちが興した、東京物理学講習所の夜間教育に端を発しています。

本校の社会における評価は当時から非常に高く、東京帝国大学の総長や理科大学長(理学部長)、文部次官や東京府知事らが本校の卒業式や記念式典にご参列いただいたり、50周年記念式典の折には、天皇陛下から当時としては大金である5千円を下賜されたり、神楽坂新校舎落成式には当時の内閣総理大臣・近衛文麿公爵から祝辞を賜ったりしています。

また、理学の普及に情熱を燃やし続けた本学の教員たちの存在も忘れてはなりません。彼らは開校以来、幾多の災難に見舞われながらも、決して諦めることなく講義を開講し続け、本校と建学の精神を守り抜いたのです。東京理科大学は、このような先人たちのたゆまぬ努力からなる伝統を受け継いで、今日に至っています。

高木貞治先生

高木貞治先生

本学を彩ったたくさんの著名な先生方

昭和初期の東京物理学校第二部数学部専攻科では、非常勤講師として著名な先生方が教壇に立たれ、神楽坂の夜学を彩りました。その中には、数学者アルティンらとともに類体論を完成させた高木貞治先生、現代代数学を日本にもたらした正田健次郎先生、帝国学士院恩賜賞を受賞され、統計数理研究所初代所長を務められた掛谷宗一先生等も含まれています。

高木貞治先生の著書『数学の自由性』には、「帝国大学理科大学数学科に入学した際、数学科の教員は菊池大麓先生と藤澤利喜太郎先生の2名しかいませんでした。他に天文学の寺尾壽先生、物理学の山川健次郎先生に教わりました」という趣旨の記述が認められます。

もしかしたらここに挙げた先生方のなかには、東京物理学講習所を開いた創立者たちから本校の話を聞き、興味を持った方もいたかもしれません。

理学部第二部の設立

新制東京理科大学の設立

終戦後、専門学校としての充実を図るべく、本校は農業理科学科を新設するとともに、八王子に校地を取得しました。昭和22年5月より授業も再開していましたが、学制改革の急速な進行により、新制大学として設置認可を受けるための「体裁」を整えなくてはならなくなりました。

当時の理事会は、大学校地面積確保のために神楽坂の土地の買収を迅速かつ着実に進めるとともに、教育に必要な設備等を整え、昭和23年8月23日に文部省へ大学設置認可申請書を提出。新制東京理科大学として第1回生を迎え入れたのは、翌年5月のことです。

戦後の混乱期における尋常ではない幾多の苦難を乗り越えることができたのも、東京物理学講習所から続く良き伝統のおかげであると自負しています。

理学部の創設と専任教員

現在、理学部第二部は理学部第一部と並び、本学で最も古い学部の一つです。新制東京理科大学設立時から理学部第一部・理学部第二部が創設され、それぞれに数学科、物理学科、化学科が開設されました。

当初、理学部第一部・第二部の教学組織は一体でした。理学部第一部に所属していた全ての専任教員が、ほぼ同一のカリキュラムで理学部第二部の講義も担当していたのです。教員の授業担当時間はおよそ15~20時間におよび、研究のための時間を捻出することは容易ではありませんでした。

しかしながら、誰一人として不満をいうことはなく、専任教員たちは早朝に出勤し、徹夜をして研究に励んでいたため、第二部講義終了後も、外濠に面した研究室の明かりが消えることはありませんでした。

昼間部からの独立

教育体制の見直し

復興後の校舎全景(昭和38年)

昭和30年代前半まで、毎年多くの途中退学者が出て、卒業生の数が定数に満たない時期が続きました。この事態を受けて、当時の理事会は第二部の振興を図る名目で第二部対策委員会を設置し、様々な教育改革を行ったのです。その一つが、昭和36年度からの推薦入学試験制度の導入でした。

当時、他の大学で理科系二部が相次いで廃止されたこともあって、志願者は飛躍的に増大しました。このことは、推薦入学試験制度導入がいかに適切であったかを物語っています。
在学生が増加するにつれ、理学部第二部にも専任の教職員を配置すべきとの意見が出されました。それが現実のものとなるのは、昭和38年4月のことです。ここに、理学部第二部は晴れて独立学部を形成するに至りました。

その後、高度経済成長期に突入し、あらゆる世代の学生を受け入れるようになりましたが、今度は学生の基礎学力の低下が新たな問題として浮上。その解決策の一環として、聴講生制度を利用した生涯教育の充実化を図ったところ、理学部第二部の聴講生数は昭和49年ごろに全学部で最も多い200名を数えました。

2015年度数学科学位記授与式

理学部第二部としての役割

設立当初の理学部第二部の目的は勤労学生に対する成人教育でした。しかし時代は流れ、高度経済成長期を経たころには大学進学率も上がり、同時に高卒の勤労学生の数は著しく減少しました。この頃から、新卒生をはじめとする多くの若い世代の学生を受け入れるようになりました。

現在、本学部は実に多様な学生たちで彩られています。私たちは建学の精神に則り、本気で理学を学修しようとする好学の士を歓迎します。
また、ここでしか学ぶことができない学生たちに理学部第一部と同等の質の高い教育を提供すること、「理学を学びたい」という学生たちの期待と要求に応え、有為な人材を育て上げること、過去の卒業生たちが残してくれた進学・就職実績をさらに充実させることが使命であり、存在意義であり、ひいては社会貢献であると考えています。

一人でも多くの学生から、「理二に入って良かった」と心から思ってもらうために、今後も一層、研究・教育に取り組んでまいります。

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